災害報道を検証しました

23(日)早朝の「関テレ通信」で、劇作家のわかぎゑふさん、神崎ディレクター、林アナと関アナの司会で、私も参加して「報道ランナー」で取り上げた災害報道を振返って、今後のテレビ報道のあり方の意見交換をしました。

関西テレビでの収録風景

収録当日の様子


まず、視聴者アンケートで災害情報を知る機会を聞いたところ、テレビ40.5%、行政の防災メールサービス15.3%、インターネットニュースサイト13.2%、防災行政無線9.6%、ラジオ5.9%、家族から5.5%、SNS(Twitter、facebook等)3.8%でした。
テレビの情報提供が市民の多くに影響を与えている責任を感じる数値です。
そこで、今後のテレビ報道の課題を話し合いました。

  1. 同じニュースを何度も放送する、同じ映像が何度も出てきて、新しいことや変化が分からない
    →ということで、今後はその映像が何日の何時なのかを明記するべき
  2. 行政とメディアのタイムラグ、被災地の多忙な行政に無理に電話を入れるのは、業務を邪魔している
    →行政も情報専門員を配置して、災害対策の邪魔にならないようすべきで、報道側も誰に確認するかを事前に知っておくべき
  3. テレビを見てくれる人がいるからこそ
    →インターネット等自分で情報をとれない人のために、テレビはもっと分かり易く提供する工夫が必要

次に、今後の災害報道について意見交換をした結果

  1. 安全な情報の提供
    →ローカルテレビとしては、全国放送と違って、被災地の人たちへの情報提供が一番であり、被害の激しさに続いて、時間を追って通れる道路、給水場所と時間、開業したコンビニ等安心する情報を提供しよう
  2. 受動的ではなく能動的に
    →テレビとしては、被災地での取材だけでなく、積極的に、視聴者の欲しいニュースの幅を広げる
  3. 新しい技術の活用
    →テレビ画面には限界があるので、L字の情報が自分たちの欲しい情報まで待っていなければならない不便さを解消する工夫することと、データ放送のdボタンを、被災者が欲しがる内容にテレビ局として充実させることという内容になった

9月23日「カンテレ通信」に伊永理事長が出演

9月23日(日)午前5時30分からの関西テレビの「カンテレ通信」で、この夏場に続いた大阪府北部の地震や豪雨災害での関テレ報道ランナーの放送内容を検証します。
視聴者からのご質問に答えし、災害報道のあり方を、劇作家のわかぎさんと、林アナ、関アナ、神崎ディレクターと一緒に討論しました。
朝早いですが、よろしければご覧ください。
カンテレ通信のホームページはこちら

和歌山県すさみ町で避難所運営リーダー養成講座で講義しました

9月8日和歌山県すさみ町で開催された「避難所運営リーダー養成講座」に伊永理事長と川下理事が参加しました。

前半は、伊永理事長が避難所の開設や運営について講義しました。
過去の避難所での課題などを例に、避難所運営を地域主体で取り組むことが重要であること等を解説しました。

講義の後、参加者の皆さんは、避難所運営ゲーム(HUG)を使って、避難所の開設や運営のシミュレーションゲームにチャレンジ。
次々と押し寄せるいろいろな事情を持った避難者や外部からの問合せなどに、どうするのがよいのか、話し合いながら進められました。

休憩後は、避難所運営ゲームを通じて感じた避難所開設や運営における課題について、グループディスカッション。
最後にグループ発表をして、参加者で課題を共有しました。

今回のすさみ町では、先日の台風などでも避難所を解説していたところもあったとのことで、たいへん熱心にディスカッションが行われました。

人にはコミュニケーションを求めるDNAがある

今から約5万年前、地球上には、ヨーロッパに身体が大きく、筋肉質の白人であるネアンデルタール人が現れ、アフリカでは小柄だが頭脳の発達したサピエンス人が現れた。
ネアンデルタールは家族単位で生活し、サピエンスは集団で生活していたという証拠が遺跡から確認されている。
サピエンスは狩猟の道具も工夫しながら北上し、地球の気候変動で極寒になった中でも、集団で狩猟を行い、防寒着も作り身を守る方法を学んで行った。
一方ネアンデルタールは家族単位で孤立したため、知識や技術の進歩が見られなかったが、サピエンスとネアンデルタールが遭遇することになり、新しい家族形成が始まった。
ネアンデルタールは現在のイギリス辺りで絶滅した。
現在の人類はサピエンスの進化によるものだが、約2%、ネアンデルタールのDNAが混じっていることが分かっている。
歴史の解説をしているよう見えるかもしれないが、私たちが人として助け合うことが出来る根源は、サピエンスの築いてきたコミュニティを求めるDNAが刷り込まれているからだと私は思う。
「共助」とい言葉をわざわざ言わなくても、困っている人を見過ごせないとか、一人で判断するよりみんなで考えようとするのは現在の人間の本質なのだろう。
アメリカのイエール大学の実験で、生後1年の赤ちゃんに人形劇を見せて、いじめる人形と、優しくする人形を見せると、95%の赤ちゃんが優しい方の人形を欲しがるとい結果だ。
これがDNAということではないだろうか。

イメージ 保育所の避難訓練

災害に対する近隣共助とは、学ぶということではなく、本質を思い出すことであり、私たちは一人では生きて行けないことを思い起こすことからではないだろうか。
9月16日のNHKスペシャルで、改めて考えさせられた。

 2018年9月918日
理事長 伊永勉

平成が日本の終わりにならないために

平成最後の年は、災害の年として記録されるのだろうか。
6月に95年間記録にない震度6弱の地震が大阪北部を襲い、7月には24市町村という広範囲に豪雨をもたらし、8月は台風20号、9月は台風21号により各地で被害がで、観測が始まってから震度7を記録した6例目となる北海道胆振東部地震。
これほど、大規模な災害が続くと、年末までに何が起こってもおかしくないとも思えるが、できればこれ以上起こらないことを願わずにはいられない。
昔から大規模な地震や飢餓が起こると元号が代えられてきたが、「先に元号を変えるから、災害がついてきた」という冗談も出てしまう。
平成の時代は経済成長著しく、豊かさを感じる時代ではあったが、阪神・淡路大震災、新潟中越地震、東日本大震災、熊本地震、そして各地で起こる豪雨災害とその復興が追い付かない最中に、今年も災害が追いかけてきた。地球の温暖化が大きく影響しているという説もあり、確かに地球の平均気温は100年前に比べて、1.17℃も上がってしまったということだ。
「気候変動対応法」という新たな法律もできて、農産物や水産物の改良と見直しが急務となり、愛媛県では温州みかんの不作に備えて、オレンジの生産への切り替えを模索しているそうだ。
都市部では、洪水対策の強化とハザードマップの徹底を政府から呼びかけている。
最近の災害は被害の規模が大きくなり、家屋の倒壊はもちろんながら、大雨による洪水や山間部での土砂崩れ、都市部での液状化等、災害によって多種多様な被害が起こる。
被害が拡大する原因には、土砂災害警戒区域の住家や河川近くの浸水地域の住家など防災の観点以外に政治的経済的な虚弱さ、今さえ良ければという刹那主義によるものではないだろうか。
また、多くの評価を受けているボランティア問題については、これだけ多発すると、参加者の確保と活動の継続に、あまりにも負担が大きくなってくる。
南海トラフ巨大地震が起こると、被害が広域にわたり、ボランティアが行きたくてもいけない地域や、人数も足らなくなることが目に見えている。
いまこそ、無償の善意を当てにするのではなく、公的機関以外に有償で救援支援活動に参加する能力者を全国で登録し、行政を補完する戦力を確保するべきではないでしょうか。
災害時の要支援者個別計画のように、地域の安全確保と復旧を担える力を育てなければ、日本は壊滅してしまうのではないでようか。

 2018年9月11日
理事長 伊永勉